ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録
著:秋山理恵(弁護士)
【第144回】「転ばぬ先の労働法」
※本記事は亜州ビジネス2019年5月13日第2087号に掲載されたものです。
―第26回:正社員に対して皆勤手当を支給する一方で有期契約労働者に対して皆勤手当を支給しないという労働条件の相違が、不合理であるとされた事例 (最高裁平成30年6月1日判決)ー
1 事案(わかりやすくするため、事案を簡略化しています)
一般貨物自動車運送事業等を目的とするY社の契約社員(有期契約労働者)Xが、正社員(無期契約労働者)には支給される無事故手当、作業手当、給食手当、住宅手当、皆勤手当、通勤手当、家族手当がXに支給されないのは、労働契約法20条に違反していると主張し、Y社に対し、①Xが正社員と同一の権利を有する地位にあることの確認、②主位的に正社員に支給された無事故手当等の諸手当と、実際にXに支給された手当との「差額」の支払請求、予備的に不法行為に基づく損害賠償請求(前述の「差額」と同額)を求めた。
2 裁判所の判断
(1)結論
ア 無事故手当、作業手当、給食手当、皆勤手当及び通勤手当について、Xに支給されないのは不合理である。他方、住宅手当については、不合理ではない。
イ もっとも、労働契約の相違が不合理であったとしても、だからと言って契約社員の労働条件と正社員の労働条件と同一であるということまで言えるものではないので、契約社員の、労働契約に基づく「差額」の支払請求は認められない(不法行為に基づく損害賠償請求としての支払請求は認められる)。
(2)理由
ア 労働契約法20条にいう「不合理と認められるもの」とは、有期契約労働者と正社員との労働契約の相違が不合理であると評価することができるものであること をいう。
イ 本件において、正社員と契約社員とは、業務内容に差異はない(いずれもトラック運転手として配送業務に従事している)が、主な差異としては、正社員は出向を含む全国規模の広域異動の可能性があり、等級役職制度が設けられているという点がある。
手当名 |
理由 |
結論 |
無事故手当 |
優良ドライバーの育成や安全な輸送による顧客信頼の獲得のためのもの→正社員でも契約社員でも業務内容に差異はなく、安全運転及び事故防止の必要性に差異はない |
不合理 |
作業手当 |
特定の作業を行った対価として支給されるものであり、作業そのものを金銭的に評価して支給される賃金→正社員と契約社員で業務内容に差異はなく、また配置の変更の範囲が異なることによって行った作業に対する金銭的評価が異なるものではない |
不合理 |
給食手当 |
勤務時間中に食事をとることを要する労働者に対して支給されるもの→正社員でも契約社員でも勤務形態に違いはない |
不合理 |
住宅手当 |
従業員の住宅に要する費用を補助する趣旨で支給されるもの→契約社員は就業場所の変更が予定されていないのに対し、正社員は転居を伴う配転が予定されているため、契約社員と比較して住宅に要する費用が多額となりえる |
不合理 でない |
通勤手当 |
通勤に要する交通費を補助するもの→労働契約に期間の定めがあるか否かによって通勤に要する費用が異なるものではない |
不合理 |
皆勤手当 |
Y社が運送業務円滑に進めるにはトラック運転手を一定数確保する必要があることから、皆勤を奨励する趣旨で支給されるもの→正社員と契約社員で、業務内容が異ならず、出勤する者を確保することの必要性は異ならない。また、将来転勤や出向する可能性、Y社の中核を担う人材として登用される可能性が正社員と契約社員で異なるが、出勤する者を確保する必要性はこれらの可能性の有無に左右されない |
不合理 |
3 ポイント
本件では、裁判所は、労働契約法20条について、職務の内容、当該職務の内容および配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり、職務の内容等に応じた均衡のとれた処遇を求める規定である旨、判断し、個別具体的な判断をしました。
4 転ばぬ先のチエ
正社員と契約社員で諸手当につき異なる規程を設けている会社は多いかと思いますが、その差異が不合理である場合には、無効とされるリスクがありますので、改めて規程をチェックしていただくことが推奨されます。
なお、本判決は、あくまでもY社における諸手当に係る相違が不合理か否かという判断であり、手当の名称が同一であっても、一律に定めるものではなく、個別具体的に判断されるべきものであることにご留意ください。
以 上
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