ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

著:秋山理恵(弁護士)

【第140回】「転ばぬ先の労働法」 

※本記事は亜州ビジネス2019年2月18日第2033号に掲載されたものです。

―第25回:配偶者の精神疾患を理由として人事異動命令に従わなかったことを理由にされた懲戒解雇について、当該人事異動命令は人事権の濫用にあたるから無効であり、懲戒解雇事由を欠くと判断した事例(東京地裁平成30年3月7日判決)ー

1 事案(わかりやすくするため、事案を簡略化しています)
 国家公務員であったXは、Yから独立行政法人A機構(B病院やC医療センター等を傘下に有している)へ異動命令を拒否したことを理由として、平成28年4月27日付で懲戒処分としての諭旨解雇とすること、同年5月11日までに辞職届を提出しなかった場合は、同月31日付で懲戒解雇とする旨の通知を受けた。そこで、XがYに対し、本件解雇は無効であるとして、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、本件解雇後の給与及び賞与ならびにこれらに対する遅延損害金の支払いを求めた事案である。


2 裁判所の判断
(1) 労働契約の解約と新たな労働契約の締結を内容とする転籍出向については、転籍元に対する労働契約上の権利の放棄という重大な効果を伴うものであるから、使用者が一方的に行うことはできず、労働者自身の意思が尊重されるべきであるという点に鑑みて、労働者の個別の同意が必要であると解するのが相当である(包括的な同意では足りない)。
 →本件では、個別の同意がないことから、本件人事異動命令はXの同意を欠いており、その点において無効であると解するのが相当
→本件人事異動命令に応じなかったことを理由とする本件解雇は、懲戒解雇事由に該当する事実が認められず、その限りにおいて無効

(2) 人事異動先のC医療センターは、Xの通勤時間が異動前と比較して短くなるほか、当直についても免除される可能性が高いこと、Xはこれまで数年の間隔で人事異動しており、本件人事もそれに準じていること、Xについて大阪府内以外の病院で経験を積ませる必要性も首肯し得ること等から、一定の合理性がある。しかし、Xの妻の状況は相当に深刻なものであり、妻の状況以外の理由でXが人事異動を拒否しているといった事情はないこと、人事異動はジョブローテーションの一環で定期的に行われるものであり、異動先そのものに高度の必要性があったとまではいえないこと等から、Yは出向に係る権限を濫用している。

(3) さらに、Xについての処分歴や日常の勤務の不良などをうかがわせる事情がないこと、人事異動を行わなければ組織上著しい支障が生じると認めるに足りる的確な証拠がないこと、しばらくの間、Xの人事異動を差し控えることも十分に可能であったとうかがわれること等から、人事異動命令に応じないことを理由とする解雇は、重きに失するものと言わざるを得ず、懲戒権を濫用したものとして無効である。

 
3 ポイント
 本件では、①YからA機構への人事異動を行う際は、労働者の個別の同意が必要であるところ、Xの同意がないため、そもそも懲戒事由には当たらないことになり、事案の解決としてはこの判断のみで十分です。しかし、裁判所は、その上で、あえて②人事権の濫用、また③懲戒解雇の効力についても判断しており、裁判所の意思が表れています。


4 転ばぬ先のチエ
 本件は、Xの奥様が、強迫性障害やパニック障害、うつ状態であり、Xの異動の知らせを聞いて自殺を図る等、日常生活にも支障が生じている状況であったため、人事異動によって被る不利益が大きいと判断されました。人事は会社の権利だから会社の意のままに行える、というものではありませんし、また人事に従わないといって懲戒解雇をすることが本件のように認められない場合もあります。人事異動を行うときは、異動の合理性や労働者の被る不利益等をきちんと考慮し、適切に行うことが肝要です。

以 上