ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

弁護士法人Bridge Rootsブリッジルーツ
弁護士 神山 優一

※本記事は亜州ビジネス2019年1月4日第2006号に掲載されたものです。

【第138回】 生涯弁護士の徒話「勝訴の確立」


◇ 長年、企業法務をやっておりますと、いつも社長さんや法務担当者さんにお話しする「お決まりの話」というものが自然とできてくるものです。今日もそんな十八番のうちの1つを。

◇ 例えば、先日、クライアントである株式会社尻鯛野(シリタイノ/仮)さんからこんな相談がありました。「弊社の新商品に関するイベントの開催をイベント企画会社のTheTUNA企画(ザツナキカク)に発注したんですけど、なんかテキトーな進め方してくれちゃってて当初の開催予定日よりもかなり遅れてしまってるんです。TheTUNA企画側からは『不可抗力なんですぅ!』とか言い訳されてて、弊社としてもあんまりイジメてなかったんですけどね。ところが、先日、TheTUNA企画のほうが、弊社のライバル企業のイベントも請け負ってて、そっちが忙しくって弊社のイベントの準備がおろそかになってるみたいっていう情報が入ってきたんです。弊社もさすがに腹が立ちまして、今回、弊社のイベントが約束よりも遅れてしまっていることについて損害賠償を請求したく思ってます。実際、契約書に記載のイベント開催日よりも遅れているのは事実だし、弊社が勝訴する確率は高いと思うんですが、一応、見込みを教えてもらえませんか?」とのご相談です。

◇ 弁護士をやってるとクライアント様から勝訴の見込み・確率を質問されることが非常に多いです。世の中の多くの弁護士は「相手方の反論や証拠の内容が分からないし、そもそも裁判所の判断となるので何とも言えない」という定型(?)の回答をするか、そこに「現段階での個人的な印象ですが・・・」といって自分自身の印象を付け加えたりすることがほとんどだと思います。実際にもその通りで、1年も2年も長い間をかけて審理を行い、相互に証拠を突き合わせ、最後は証人尋問までやって、それでやっと裁判所が判決を下すわけですから、そういったことが十分に行われているわけでもない段階で(しかも、相手方の言い分を十分に聴取・検討できていない段階で)勝訴の確率をはじき出してみても、あまり参考にならないことが少なくありません。

◇ とはいえ、勝訴の見込みについて何も分かんない~ってことじゃ弁護士としてもいかがなものかと思いますし、ここで一つ、当職の「一般の方にも分かりやすい、簡単な勝訴の見込みの検討基準」をご紹介しましょう! その検討基準とは、その紛争において問題となっている請求(あるいはその請求を拒否する理由)について、「①表向きの(=法律上の)根拠」(例えば、売買契約に基づく代金請求、商品に欠陥(瑕疵)があることによる契約解除 etc...)と「②心の中の(主要な)発端・動機・原因」とを洗い出した上で、これらが一致・適合している場合には勝訴の見込みが高まる方向へ、不一致・乖離している場合には低くなる方向へ傾くというものです。

◇ 後者の「②心の中の(主要な)発端・動機・原因」とは、通常、売買代金請求の場合は「売買代金は当然にもらうべきだから」といったものになるのですが(①と②の一致・適合)、実際には、「相手方が生意気だから」とか「当方の資金繰りが苦しくなったから」といった別の動機・きっかけに端を発している場合(①と②の不一致・乖離)も少なくありません。当職の弁護士としての経験で、このような不一致・乖離がある場合には、後に相手方から出てくる事実関係や証拠、証人尋問等によって、一見すると理屈が通っていたはずの当方側の主張がガラガラと音を立てて崩れて行くことが多いように感じています。なお、当職はこの「②心の中の(主要な)発端・動機・原因」のことを(皮肉も込めて!?)“呪詛”と呼んでいます。

◇ 当職は、尻鯛野さんに助言しました。「イベントの開催が契約書の記載から遅れているのは事実のようですし、何か具体的・合理的な事情等がない限り、その遅れの発生原因がすべて不可抗力というのも通らない気がしますので、一見すると当方側の損害賠償請求には一応の根拠があるように思われます。もっとも、相手方の反論の具体的な内容や相手方が保有している証拠等が分からない以上、勝訴確率についてはどうしても何とも言えない部分が否定できません。なにより、当方側の“呪詛”、つまり『②TheTUNA企画がライバル企業のイベント準備を優先してる!(という噂)への報復』というのが、『①イベントの遅れにより発生した損害の填補』という法律構成(法律上の根拠)と乖離している部分に、何か嫌な予感を感じます。ですので現段階では安易に即断したりせず、これから慎重に事情をおうかがいさせていただきまして、その結果をもとに最も戦略的な対応を考えてみましょうか!」

じゃ、今日はこれで。