ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

弁護士法人Bridge Rootsブリッジルーツ
弁護士 神山 優一

※本記事は亜州ビジネス2018年12月13日第1995号に掲載されたものです。

【第134回】 生涯弁護士の徒話「今回の案件に限って」


◇ 長年、企業法務をやっておりますと、いつも社長さんや法務担当者さんにお話しする「お決まりの話」というものが自然とできてくるものです。今日もそんな十八番のうちの1つを。

◇ 例えば、先日、クライアントである株式会社胸囲熊間(キョウイクママ/仮)さんからこんな相談がありました。「ウチの会社、近いうちに事業承継しようと思ってるざますけど、先日、営業担当取締役だったウチの子が契約トラブルに巻き込まれちゃったざます。なんでも取引先の・・・、確か白姉夜商会(シラネエヨショウカイ/仮)といったかしら。そこの担当従業員の男を信じて高級宝飾品を後払いで卸してあげたら、その男が個人的に宝飾品を持ち逃げしてしまったようで・・・。白姉夜商会は『そんな取引は知らない。担当従業員からはまだ話を聞けていないが、多分、個人的に買い受けたのだろう。』なんてシラを切る始末ざます。そこで、ウチの子に代わってアタクシが直々に出て行って怒ってあげましたら、白姉夜商会のほうも『じゃあ、弊社の役員会で検討しますんで、それまで穏便にお願いします。』って丁寧に謝って来て。そんな悠長に待ってる場合じゃないかな?とも思うざますけど、アタクシが直々に交渉したざますし、ウチの案件に限って変なことにはならないざますよね?」とのご相談です。

◇ さて、今回の案件では、キーになる白姉夜商会の担当従業員から早急に事情を聴取し、記録に残すことが重要です。そのため、彼が蒸発してしまったり、あるいは白姉夜商会側に有利なように取り込まれてしまったりしてしまう前に(既に手遅れの可能性もありますが)、早急に連絡をとって面談を試みる必要があります。他方で、そういった手間やコストをかけずに、白姉夜商会の回答を穏便に待って、“良い落としどころ”でさっさと和解してしまうというのも1つの選択肢かもしれません。そのため、事件の初動としてどうすべきか?迷ってしまうわけです。

◇ 若い弁護士や法務部の方にけっこういらっしゃるのですが、「性悪説で徹底的に厳しく動くという選択肢もありますが、今回は相手方も誠実な対応をしているし、和解が決裂する可能性は低いと考えられるため、徹底的な動きは保留しておいて、円満・迅速に和解する方針でいきましょう」というご意見。ですが、「今回の案件に限っては大丈夫だろう」という考え方は、法務の基本的な役割を根本から否定するに等しいものです。つまり、こうした考え方は、結局のところ、「今回の取引に限っては、契約書を作らずに信頼関係でやってしまっても大丈夫だろう」という考え方(程度の差はあれ、法務担当者であれば誰しも“危ない!”とおっしゃるのではないでしょうか)と何ら変わりありません。「9割がた大丈夫だから~」という考え方は、それを10回続けたら、1回の失敗がやってくることになります。ビジネスでは1回の失敗もコストとして織り込み済みの“必要悪”になるかもしれませんが、法務の世界では“1回のいい加減な失敗”が役員の個人責任や任務懈怠等に直結する可能性があるのです。

◇ 当職は、胸囲熊間さんに助言しました。「安易に『ウチの案件に限って』という考え方に飛びついてしまうのは危険です。仮に『徹底的な動きは控えて、白姉夜商会の回答を待つ』というのであれば、それを正当化するだけの理由が必要です。例えば、『徹底的な動き』に必要なコスト(人的資源のロスや弁護士費用など)が大きすぎて今回の宝飾品の価格とつり合わないとか、白姉夜商会とのビジネス上の関係性があって一定の配慮をせざるを得ないとか。そういった合理的な理由があるのであれば、無駄に『徹底的な動き』にこだわり続ける必要もないかもしれませんからね。ですから、まずは白姉夜商会の態度とか信頼性とか現場の直感とかいった曖昧なものに立脚するのではなく、あくまでも性悪説に立脚した経済的・合理的な検討を行った上で最も戦略的な対応を探っていきましょう。もしも徹底的に厳しく動くぞ~!という方針に決まったら、当職もガツガツ行きますよ!」

じゃ、今日はこれで。