ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

著:秋山理恵(弁護士)

【第128回】「転ばぬ先の労働法」 

※本記事は亜州ビジネス2018年5月25日第1859号に掲載されたものです。

―第23回:定年退職後の再雇用などで待遇に差が出ること自体は不合理ではないと判断した事例 (最高裁平成30年6月1判決)ー

1 事案
 Xは、運送業を営む、従業員数66名(平成27年9月1日当時)の会社Yと無期労働契約を締結し、バラセメントタンク車(「バラ車」)の乗務員として勤務していたが、定年退職した後、Y社と有期労働契約を締結し、定年後も同じバラ車の乗務員として勤務していた(嘱託社員)。Y社には、就業規則と、定年後の嘱託職員に適用される嘱託社員就業規則があり、嘱託者には就業規則の一部を適用しないことがある旨定められていた。嘱託社員規則には、賞与、臨時的給与及び退職金を支給しない事等と定められていた。Y社は、嘱託社員のうち、定年退職前から引き続きバラ車等の乗務員として勤務する者の採用基準、賃金等について、定年後再雇用者採用条件を策定しており、その条件によると、X(嘱託常務員)の賃金は、定年退職前の79%程度になることが想定されているものであった。Xの業務内容・責任の程度は、正社員と比べて違いはなかった。Xは、①嘱託乗務員に対し、能率給及び職務給が支給されず、歩合給が支給されること、②嘱託乗務員に対し、精勤手当、住宅手当、家族手当及び役付手当が支給されないこと、③嘱託乗務員の時間外手当が正社員の超勤手当よりも低く計算されること、④嘱託乗務員に対して賞与が支給されないことが、嘱託乗務員と正社員の不合理な労働条件の相違である(労働契約法20条に違反する)として差額の支払いを求めた。

2 裁判所の判断
  1.  有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮されることとなる事情は,労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではなく、有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは,当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たる
  2.  有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当
  3.  正社員に対して精勤手当を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものである
  4.  正社員に対して住宅手当及び家族手当を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれらを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえない
  5.  嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であり,正社員に対する賞与が基本給の5か月分とされているとの事情を踏まえても,正社員に対して賞与を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえない
 
3 ポイント
 裁判所は、以下のような事情が、定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって,その基礎になるものとしています。
  •  定年制は,使用者が,その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら,人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに,賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができる。定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は,当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないこと。
  •  これに対し,使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合,当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また,定年退職後に再雇用される有期契約労働者は,定年退職するまでの間,無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されていること。

4 転ばぬ先のチエ
 同一労働、同一賃金が叫ばれる昨今で、本判決は、同一労働であっても、定年退職後の再雇用(嘱託職員)の場合は同一賃金にならないことが不合理ではないと判断をした最高裁判決であり、大変注目される判決です。また、不合理か否かは、賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するものとされており、各賃金項目ごとに判断が分かれるものとなっています。今後の給与体系を策定するにあたり、大変参考になる裁判例と言えます。
以 上