ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

弁護士法人BridgeRootsブリッジルーツ
弁護士 姜 成賢


【第123回】世界で戦うことができる人材育成のために(Vis Mootコーチに就任して)

※本記事は亜州ビジネス2018年3月19日第1814号に掲載されたものです。

Ⅰ.はじめに
 筆者は、学生の頃、「英語で法律の議論ができるようになりたい!」という思いから、国際商事模擬仲裁大会(Willem C. Vis International Commercial Arbitration Moot(以下、単に「Vis Moot」))という大会に取り組んできた。また、弁護士になってからは、同大会の日本大会で仲裁人役(=審査員)を務めており、2017年4月からは、福岡県にある西南学院大学にて、コーチを務めている。
 本稿では、1年間のコーチ生活を振り返りながら、世界で戦うことができる人材育成のためにできることを書いていく。

Ⅱ.「世界で戦う」=「英語ができればいい」という勘違い
 Vis Mootは、世界約80か国から300以上の大学・大学院が参加する世界最大規模の大会である。このため、取り組む問題文、参照する文献や仲裁判断、提出する書面及び口頭審問の全てが英語で行われる(なお、日本で開催される日本大会では、教育的配慮の観点から、日本語の部も用意されている。)。初めて取り組む学生たちは、「英語ができないと何もできない。」と勘違いしがちである。
 しかし、世界で戦うために大切なのは、「英語」ではなく、「論(中身)」である。英語はあくまでも「伝達手段」にすぎない。いくら上手な英語を用いて書面を用意し口頭審問に臨んでも、内容が伴っていなければ、全くもって相手にされない。
 この大会は、英語の大会ではなく、仲裁の大会である。日本ではまだ十分に浸透していない分野ではあるが、当事者間の紛争を解決する手段という点では裁判と変わるところはない。実際の裁判でも、裁判官を納得させることができるような主張が展開できなければ、敗訴してしまう。このため、使用言語が日本語であろうが英語であろうが、やるべきことは、いかに仲裁人を説得し有利な判断を勝ち取るかという点である。
 企業の若手育成の面でも、同様のことが言えるのではないだろうか。「グローバル社会」、「国際化」という言葉に惑わされて、特に理由もなく英語ばかりやるくらいなら、自分たちの主張したいことをまとめる力、それを説得的に表現する力を養う方が、国内外を問わず、戦うことができると考える。

Ⅲ.ただし、最低限の英語力は必要
 「Ⅱ」と矛盾するかもしれないが、最低限の英語力は必要である。「何が書かれているのかさっぱりわからない。」、「何を言われているのかさっぱりわからない。」という状況では、対抗手段も見つからないまま時間だけが経ってしまうだろう。
 では、どのようにして英語力を身に着けるか。筆者としては、「とりあえずこれだけは言えるようにしよう。」、「最低限この部分だけは聞き取れるようにしよう。」と目的意識をもって英語を話す機会に臨むということが大切であると考える。「Ⅱ」と闇雲に英語を話す機会に飛び込んでも、中身が伴っていなければ意味がない。自分の中でテーマを決めて、その部分についてだけは積極的に行動する。そして、その範囲を少しずつ拡大していく。そして、最終的にあらゆる場面で対応できるようにしていけばいい(もちろん、そのためには長い年月を要するし、筆者もまだ発展途上ではあるが。)。

Ⅳ.最後に
 しかし、総じてみると、今の学生は、海外と比較した日本の英語力の低さやそれに対する対策の必要性について、少なくとも危機感を抱いていることは確かである。そして、中国、ロシアといった英語を母国語としない国の同世代の学生たちが流暢に英語を話しているのを目の当たりにして、その思いはさらに高まっているだろう。
 学生たちの中には、「日本でも小学校から英語で議論する機会を設けてくれていればよかったのに。」と嘆く学生もいる。しかし、大学からでもできることは沢山あるし、社会に出てからできることも沢山ある。自分を変えようという思いがあれば、きっと自分を変えることができる。
 そういった学生たちを今後もサポートしていき、世界で戦うことができる学生を1人でも多く育てて行きたいと思う。と同時に、自分自身も世界で戦うことができるように、一歩ずつ成長していきたい。

以 上