ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

弁護士法人Bridge Rootsブリッジルーツ
弁護士 神山 優一

※本記事は亜州ビジネス2017年12月11日第1750号に掲載されたものです。

【第112回】生涯弁護士の徒話「その人は本当に信用できる?」


◇ 長年、企業法務をやっておりますと、いつも社長さんや法務担当者さんにお話しする「お決まりの話」というものが自然とできてくるものです。今日もそんな十八番のうちの1つを。

◇ 例えば、先日、クライアントである株式会社呉井場商事(クレイバショウジ/仮)さんからこんな相談がありました。「この度、弊社において、新たな取締役として桐忍 譲(ギリニン・ジョウ/仮)さんという昔からお付き合いのある方をお迎えしようと思っております。そこで、役員報酬等について弊社の顧問である京華維新(ケイカイシン/仮)税理士事務所に相談したところ、『何があるか分かりませんし、念のため、役員退任後の競業避止義務や守秘義務とかを定めた念書を差し入れておいてもらったほうがよいですよ~』というご意見を頂戴しました。ただ、桐忍さんとは古い付き合いで人情に厚く、絶対に裏切るような方ではございませんので、弊社としてはそこまでの対応をするのはいかがなものかと感じております。そこで、先生のご意見を頂戴いたしたく、本日はお伺いさせていただきましたものです。」とのご相談です。

◇ 法務の観点から考察しますと、「桐忍さんがどのような人物なのか?」は法律マターではありませんので、結局のところ、法務の考え方の基本原則である「最悪回避戦略/性悪説」に立脚して検討するほかありません。この場合、「将来、裏切られる可能性が完全には否定し得ない以上、得意先を持って行かれたり情報をライバル企業に流されたりするのがイヤなのであれば競合避止義務等の念書を取っておけ!」という結論になります。
 もっとも、ビジネス的観点から検討しますと、「せっかく良い信頼関係を築けているのに、自由を拘束するような念書を書かせたりしたら信頼を失いかねない」とか「疑いをかけるような文書にサインさせる企業として悪評が立ってしまう」などといった視点も加味されてきますので、必ずしも法務的視点からの結論と一致しないこともあるでしょう。当職も決してそれ自体を否定するものではありませんが、それでは「信用できる人間」とは一体どのような人物なのでしょうか。義理人情に厚い人?正直者?誠実な人?昔からの親友?社会的地位の高い人?それとも大金持ち?

◇ 当職はこれまでの弁護士としての多くの経験から、「信用できる人間かどうか?」を以下の2段階の基準で判断すべきとの結論に至りました。まず、「①クレバーであるかどうか?」が最も重要です。その上で、「②当方が提供できるメリットが対象者の中でどの程度の優先順位にあるのか?」で判断します。

◇ ①クレバーでない人は合理的な思考や戦略設計ができないため、“一時の感情”や“意味の分からないプライド・自尊心”で不合理な行動に出てしまったり、あるいは、中長期的には大損なのにそれが理解・予期できず、目先の小さな利益にとびついてしまったりしてしまいます。このような方は、人間の信頼関係の重要性や中長期的なメリットなどを理解することができず、「結局は自分自身も大損を被り、周囲の人も誰も喜ばない」という全く意味不明で予想外な行動に突っ走ったりするため、こちらが合理的な対応をしても、どうにも制御することができません。
 加えて、クレバーでない人は「当方としては何をして欲しくないのか?」を適切に理解することができないため、何ら悪気なくメチャクチャなことをやってくれちゃったりします。どんなに人情に厚くて誠実でも、本人に「裏切っていることの認識」がないのですからどうにも手に負えません。

◇ 他方、その人がクレバーであれば、②当方側としても彼が当方を裏切らないためのメリットや利益を提示することが可能となります。お金を重視している人物であれば高額の報酬を、友情を重視している人物であれば全面的な信頼を、やりがいを重視している人物であれば責任や権限を、それぞれ提示・提供し続ければよいのです。とはいえ、当方が提示・提供できるメリットや利益には限界がありますので、結局のところ、「信用できる人間かどうか?」は「当方が実際に提供できるメリットが、その人にとってどの程度の優先順位にあるのか?」ということに帰着するわけです。

◇ 当職は、呉井場商事さんに助言しました。「秘密を守るとか、得意先を奪わないとか、そういった“誠実な行動”というものは、意外にも、頭が良くて成熟していないと出来ないものです。お人柄は存じ上げませんが、桐忍さんが手にする情報や権限等が魅力的なものであればあるほど、ライバル企業等からの接触や誘惑、あるいはトラップ等が増えて来て、クレバーでなければとても防御しきれない状況になったりします。また、桐忍さんが『ビジネス業界における信頼関係の価値』をどこまで理解できている人なのか、はたまた『何をすると御社に迷惑がかかってしまうのか』をきちんと分かっていらっしゃるのかどうかも慎重に検討してみてください。そして、そこにあまり確実性がないのであれば、『こういうことはやっちゃダメですよ!』といった点を明確にご説明差し上げる意味でも、やはり念書は差し入れてもらっておきましょうか。」

じゃ、今日はこれで。