ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

著:秋山理恵(弁護士)

【第113回】「転ばぬ先の労働法」 

※本記事は亜州ビジネス2017年10月28日第1722号に掲載されたものです。

―第19回:女性技術者のうつ病罹患と休職期間満了後の解雇 (最高裁平成26年3月24日判決)―

1 事案
 うつ病に罹患して休職し、休職期間満了後に解雇されたX(昭和41年生まれの女性)が、うつ病は過重な業務に起因するものであって、上記解雇は違法、無効であるとして、Y社に対し、安全配慮義務違反等による債務不履行または不法行為に基づく休業損害や慰謝料等の損害賠償等を求めました。
Xは大学卒業後、与えられた仕事に関して真面目に取り組む努力家であり、平成12年頃プロジェクトリーダーになりました。この頃から、Xは慢性頭痛及び神経症と診断されて抑うつや睡眠障害に適応のある薬剤の処方を受けていました。
 その後、平成13年5月頃から新たな業務を指示されたり、Xが担当する工程において技術担当者が1名減員されたこと等により、土日出勤が続くようになり、頭痛、めまい不眠等の症状が激しくあらわれるようになりました。そのため、医師と相談し、平成13年9月に休暇を取得し、同年10月以降欠勤を開始しました。Yは、Xの欠勤が所定の期間を超えた平成15年1月10日、Xに対し休職を発令し、上司との定期的な面談等を続けましたが、その後もXが職場復帰しなかったため、平成16年8月6日、Xに対して解雇を伝えました。
 なお、Xは、神経科の医院への通院していること等を、Yには申告していませんでした。


2 裁判所の判断
 裁判所は,解雇を無効とし、Yに損害賠償を命じましたが、損害を算定するにあたり、XがYに自らの精神的健康(メンタルヘルス)に関する情報を申告しなかったことについて、以下の理由から過失相殺(=減額)すべきではないと判断しました。
  1.  メンタルヘルスに関する情報は、労働者にとって、自己のプライバシーに属する情報であり、人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報である→Yは、Xからの申告がなくても、安全配慮義務を負っており、労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があること
  2.  本件では、Xは体調が不良であることをYに伝えて相当の日数の欠勤を繰り返し、業務の軽減の申し出をする等していたから、Yはこの状況を捉えて、悪化を防ぐためにXの業務の負担を軽減する等の措置を取ることは可能であった

3 ポイント
 本件の原審は、XがYにメンタルヘルスに関する情報を申告しなかったことをもって、損害を減額しましたが、最高裁は減額することを否定しました。加えて、本件で争われた時点で、すでにXは勤務を離れて9年を超えていたのですが、この点についても、Xは,それ以前は入社以来長年にわたり特段の支障なく勤務を継続していたものであり,また,上記の業務を離れた後もその業務起因性や損害賠償責任等が争われて複数の争訟等が長期にわたり続いたため,その対応に心理的な負担を負い,争訟等の帰すうへの不安等を抱えていたこと等の事情に鑑みれば,減額すべき理由にはならないとしました。


4 転ばぬ先のチエ
 メンタルヘルスに関する情報は、通常、職場に知られたくない情報であるため、労働者は会社に積極的に申告することは期待できません。そのため、会社は、労働者の申告がなくても、労働者が健康を害している様子がないか、配慮が求められます。
 また、本件では、訴訟が長期(第一審は平成16年に提起されており、最高裁判決は平成26年)にわたった点についても、このこと自体がXの心理的な負担となっていると判断しています。会社側の立場からすれば、争うことも許されないのか、と愕然とするかもしれませんが、本当に業務により重いうつ病に罹患している労働者からすれば、訴訟の負担も少なくないものという裁判所の判断を真摯に受け止め、適切に対応していくことが望まれます。

以 上