ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

弁護士法人Bridge Rootsブリッジルーツ
中国人弁護士 厳 逸文

※本記事は亜州ビジネス2017年9月19日第1695号に掲載されたものです。

【第110回】中国への派遣労働者の交通事故対応法

1. 事案概要
 中国人Xは日本の大学を卒業した後、中国で事業を展開する日本企業Y社に就職しました。Xは、就職後、Y社の上海にある現地法人Z社に派遣されましたが、Y社との労働契約を継続すると共に、Z社とも労働契約を締結しました。派遣期間中、Xの給料は、Y社とZ社両方から支給されていました。また、Z社は、Xのために、中国の労災保険に加入しましたが、Y社は、Xのために日本の労災保険には加入しませんでした。
 Xは、Z社での勤務期間中、Aの運転する自動車に同乗して出張から会社に戻る途中、Aの過失により交通事故が発生しました。その結果、Xは死亡しました。
 Xの遺族は、中国労災保険に基づく保険金を受け取りましたが、この保険金だけでは生活を維持することが困難なため、他者に対して損害賠償請求ができないか考えました。当初、Xの遺族は、Aに対して損害賠償請求をすることができないかを検討しましたが、Aには十分な資力がないことが判明しました。そこで、Xの遺族は、日本において、Y社に対し何らかの損害賠償を請求できるのではないかと考えています。


2. 分析
 中国でも、日本でも、交通事故が発生し、それに業務遂行性・業務起因性が認められるような場合、被害者は、①労災保険に基づく保険金給付、又は、②不法行為責任に基づく損害賠償を請求することができます。本件のような場合、①、②については、日本では以下のように取り扱われることとなります。
(1)①労災保険給付の請求
 本件では、Xの遺族は、労災保険に基づく保険給付を請求することができません。
 日本の「労働者災害補償保険法」の適用については、法律の一般原則として属地主義がとられていますので、海外派遣者に関しては、特別加入の制度を用いない限り日本の労災保険法の適用はありません。そのため、原則として、派遣先である海外で発生した交通事故に関して、Xの遺族が日本の労災保険給付請求権を取得することはありません。

(2)②不法行為に基づく損害賠償請求
 ア 準拠法の決定の問題
 Xの遺族は、不法行為に基づきY社に対し損害賠償を請求することができます。
 本件は、日本及び中国の2つの国が関係する事案です。そのため、Y社に対する請求の可否を検討する前提として、先にいずれの国の法律を準拠法とするかという問題が生じます。日本で訴訟を提起する以上、当然日本法が適用されるかのように思われます。しかし、日本の「法の適用に関する通則法」第17条により、「不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、加害行為の結果が発生した地の法による」と定められていますので、本件の「加害行為の結果が発生した地」は中国である以上、中国法が適用されます。
 Xの遺族は、日本の裁判所に対して、中国法に基づく請求を行うことになります。
イ 中国不法行為法に基づくY社の責任
 次に、中国法を適用した場合、Y社はX(の遺族)に対し不法行為責任を負うか否かを検討します。中国の「人身損害賠償事件の審理に当たって適用される法律に関する若干の問題の解釈」第11条には、「使用者は、被用者がその業務中被った人身損害を賠償しなければならない」と規定されており、使用者は、事故の発生等について過失がない場合でも、被用者の業務中に生じた人身損害につき、賠償責任を負います。
 本件では、XはY社と労働契約を締結しており、Y社の派遣先で出張の際に交通事故に遭いましたので、中国法により、Xの死亡は「業務中被った人身損害」として認められます。したがって、Y社はXに対し不法行為責任を負わなければなりません。
 なお、Xの遺族は、中国において既に労災保険給付を受領していますが、それによっても回復できない損害が存在する場合には、中国法上も損害賠償請求を行うことができます。


3. ポイント
 上記2の部分では、交通事故被害者の視点から、損害賠償の請求方法を検討しました。
中国へ労働者を派遣する日本企業としては、日本から中国へ労働者を派遣する際に、中国で発生した交通事故により、損害賠償責任が問われるリスクがあることに、留意する必要があります。
 このリスクを回避・軽減する方法をいくつかご紹介します。
 まず、①労働者を海外へ派遣する際、日本本社との労働契約を現地法人との労働契約へ切り替えることが考えられます。本件では、Ⅹが日本本社の被用者であったが故に、Ⅹの遺族は中国法に基づいて日本法人であるY社に対して損害賠償請求することができました。
 しかし、①の方法は、労働者から抵抗があると思われますので、②海外派遣者と本社の労働契約を継続すると同時に、日本の労災保険に関する海外派遣者向けの特別加入制度を利用することが考えられます。これにより、会社の損害賠償責任を軽減することができます。
 なお、会社が労働者に損害賠償金を支払った後は、中国法に基づき交通事故の加害者に対して求償することができます。
以 上