ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

著:秋山理恵(弁護士)

【第109回】「転ばぬ先の労働法」 

※本記事は亜州ビジネス2017年9月4日第1685号に掲載されたものです。

―第18回:定年後再雇用の賃金規程と労契法20条違反の有無等(東京高裁平成28年11月2日判決)―

1 事案
 一般貨物自動車運送事業等を営むY社を定年により退職した後に、Y社との間で期間の定めのある労働契約を締結して就労しているXが、無期契約労働者と比べて、労働条件に不合理な相違が存在すると主張して、不合理な労働条件の定めの無効等を請求しました。
 Y社における無期契約労働者の賃金は、基準内賃金(基本給、職務給、精勤手当、役付手当、住宅手当、無事故手当、能率給)と基準外賃金{家族手当、超勤手当、その他手当、通勤手当}でしたが、Xの賃金は、基本賃金、歩合給、無事故手当、調整給、通勤手当、時間外手当とされ、職務給、役付手当、精勤手当、住宅手当、家族手当はなく、賞与・退職金は支給しないとされ、定年前に比べると20~24%程度切り下げとなっていました。


2 裁判所の判断
 裁判所は,以下の理由等から,Xの請求は理由がないとして認めませんでした。
  1.  本件は、「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は」、①「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」②「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」③「その他の事情」を考慮して、「不合理と認められるものであってはならない。」という労働契約法20条の適用がある。
  2.  本件は、①②に違いはないが、③その他の事情として以下の事情があり、不合理と認められるものではない。
  •  高年齢者雇用安定法に基づく高年齢者雇用確保措置の選択肢の一つとして、継続雇用たる有期労働契約は、社会一般に広く行われており、定年後係属雇用者の賃金を定年時より引き下げることそれ自体が不合理であるということはできない
  •  定年前と同一の職務に従事させながら、賃金額を20~24%程度切り下げたことが、社会的に相当性を欠くとはいえない


3 ポイント
 裁判所は、定年後の継続雇用者の賃金を定年前より引き下げることそれ自体が不合理であるとはいえないと判断するにあたり、以下の理由を述べています。
  •  我が国において、安定的雇用及び年功的処遇を維持しつつ賃金コストを一定限度に抑制するために不可欠の制度として、期間の定めのない労働契約及び定年制が広く採用されてきた一方で、高年齢者雇用安定法が改正され、定年の下限である60歳を超えた高年齢者の雇用確保措置が例外を除いて全事業者に対し段階的に義務づけられてきたこと
  •  他方で、企業においては定年到達者の雇用を義務付けられることによる賃金コストの無制限な増大を回避して、定年到達者の雇用のみならず、若年層も含めた労働者全体の安定的雇用を実現する必要があること
  •  定年到達者に対しては一定の要件を満たせば在職老齢年金制度や、高年齢雇用継続給付といった賃金の減額を緩和する制度があること
  •  継続雇用制度がそれまでの雇用関係を消滅させて、退職金を支給した上で新規の雇用契約を締結するものであること

4 転ばぬ先のチエ
 雇用確保措置が一部の例外を除いて段階的に義務づけられている事業者にとって、定年前と同一の職務に従事させながら、賃金額を20~24%程度切り下げたことが、社会的に相当性を欠くとはいえないと判断した本判例は、大変参考になるものです。新しい制度を運用するにあたり、無期契約労働者と有期契約労働者の労働条件に差異を設ける場合は、不合理なものでないか、十分に留意する必要があります。
以 上