ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

著:秋山理恵(弁護士)

【第105回】「転ばぬ先の労働法」 

※本記事は亜州ビジネス2017年7月10日第1647号に掲載されたものです。

―第17回:神社の神職の労働者性が認められた事案(福岡地裁平成27年11月11日判決)―

1 事案
 Y神社の神職であったXが,Y神社に対し,XとY神社との間の契約は雇用契約であるとして,雇用契約に基づき,割増賃金元金594万6861円及び法定労働時間内の残業代元金92万4548円の合計687万1409円等の支払を求めました。

2 裁判所の判断
 裁判所は,以下の理由等から,Xは労働基準法上の労働者に当たるとして,Y神社に残業代の支払いを命じました。

(1) XはY神社によって,時間的場所的に拘束され,業務の内容及び遂行方法についての指揮監督を受けて,Y神社等の業務に従事させられていた。
  •  Y神社においては,Y1及びAが,神職のシフトを組んで勤務表を作成し,Xは,これに従って,Y神社に出社させられていた
  •  Xは,Y1及びAらの指揮の下,書類作成,参拝客対応及び清掃等の事務作業並びに祭典運営のための補助作業等に従事していたものであって,原則として,自らが儀式等を主宰していたものではなかった
  •  Xは,就職先であるY神社の宮司から,Y神社における勤務の開始前及び終了後において,神社の朝みけ,夕みけ,清掃,巡回及び日誌作成等の業務を命じられたため,これらの職務に従事した。これらのことからすれば,Xは,Y神社からの業務に関する指示について,Xが諾否の自由を有し,業務遂行における広範な裁量を有していたとは認められない。
(2) Y神社がXに対して支払っていた俸給は,単に最低限の生活維持を目的とするものとはいえず,Y神社における労務提供の対価として支払われたものと評価でき,賃金と同じ性質のもの
  •  俸給の支給に当たっては,使用者が一般の労働者に対して賃金を支給するのと同様に,所得税及び市民税等の源泉徴収を行い,健康保険料,厚生年金保険料及び雇用保険料等の各種社会保険料を控除していた
  •  Xが支給されていた俸給は,基本給及び奉務手当だけでも合計月額20万円であり,法定労働時間を前提として時給を計算しても,Xの時給は1100円を超え,福岡県の最低賃金である1時間当たり695円を大きく上回るものである上,住居費の負担がほとんどなかった
  •  Y神社の神職に支払われる俸給額は,その地位が高いほど高額となる傾向がある

3 ポイント
 本件で、Y神社は、Xの活動は、神社の運営及び宗教活動に必要な素養を身に着けるためのものであって、X自身の信仰生活の一部としての宗教上の修行ないし奉仕活動である等と主張して争いました。しかし、裁判所は、XはY神社によって,時間的場所的に拘束され,業務の内容及び遂行方法についての指揮監督を受けて,Y神社等の業務に従事させられていたし、俸給も賃金と同じ性質であるとして、Y神社の主張を退けました。

4 転ばぬ先のチエ
 Xは,大学院を卒業し,アルバイト生活をした後,37歳で神職養成のための大学を卒業し,大学で求人のあった福岡市内の神社に就職して約9か月勤務した後,Y神社の先代の宮司の誘いにより,神職として一人前になることを目指してY神社に就職したそうです。夢をもって就職した神社で待っていた生活は,思い描いたものと異なっていたのでしょうか。信仰なのか労働なのか,難しい問題ですが,裁判所は原則どおり、指揮監督関係にあるか否かという観点から判断しています。神様の足下で,神社と神職との間でこのような争いが起こってしまい、一番哀しんでいるのは神様かもしれません。
以 上