ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

著:秋山理恵(弁護士)

【第101回】「転ばぬ先の労働法」 

※本記事は亜州ビジネス2017年5月15日第1607号に掲載されたものです。

―第16回:芸能プロダクションと女性アイドルとの間のマネージメント契約が雇用類似の契約であるとされ、アイドルからの解除の効力が認められ、男性ファンとの性的な関係等を理由とするアイドル、男性等の損害賠償責任が否定された事案(東京地裁平成28年1月18日判決)―

1 事案(主要な部分のみ抜粋)
 芸能プロダクションであるXが、Xとの間で専属マネージメント契約を締結した上でXに所属する女性アイドルY1(契約当時19歳9ヶ月)、Y1と交際していたファンY2に対し、
  1.  Y1とそのファンY2が交際期に、共謀の上、イベント等への出演業務を一方的に放棄するなどしてXに逸失利益等を発生させたとして、7,649,900円の損害賠償請求(主位的請求)
  2.  Y1が不利な時期に専属マネージメント契約を解除したとして、7,649,900円に弁護士費用を加えた合計8,414,890円の損害賠償請求(予備的請求)
を行いました。

2 裁判所の判断
裁判所は,以下の理由等から,Xの請求を棄却しました。
  •  Y1の行為は、少なくとも形式的には専属マネージメント契約の各条項に違反する。しかし、それが直ちに債務不履行に当たり損害賠償義務を負うとはいえない。
  •  まず、専属マネージメント契約は、Xが、所属の芸能タレントとしてY1を抱え、原告の具体的な指揮命令の下に原告が決めた業務にY1を従事させることを内容とする雇用類似の契約であったと評価するのが相当
  •  Y1による解除の意思表示は、期間の定めのある雇用類似の契約の解除とみることができるから、専属マネージメント契約の規定にかかわらず、民法628条に基づき、「やむを得ない事由」があるときは、直ちに契約を解除することができるものと解するのが相当
  •  本件専属マネージメント契約は、「アーティスト」の「マネージメント」という体裁をとりながら、その内実はY1に一方的に不利なものであり、Y1は、生活するのに十分な報酬も得られないまま、Xの指示に従ってアイドル(芸能タレント)活動を続けることを強いられ、従わなければ損害賠償の制裁を受けるものとなっているといえる。ゆえに、本人がそれでもアイドル(芸能タレント)という他では得難い特殊な地位に魅力を感じて続けるというのであればともかくとして、それを望まない者にとっては、本件契約による拘束を受忍することを強いるべきものではないと評価される。このような本件契約の性質を考慮すれば、Y1には、本件契約を直ちに解除すべき「やむを得ない事由」があったと評価することができる。
  •  Y1は、解除の効力発生までの間に、ファンであるY2と性的な関係を持っているが、他人に対する感情は人としての本質の一つであり、恋愛感情もその重要な一つであるから、かかる感情の具体的現れとしての異性との交際、さらには当該異性と性的な関係を持つことは、自分の人生を自分らしくより豊かに生きるために大切な自己決定権そのものであるといえ、異性との合意に基づく交際(性的な関係を持つことも含む。)を妨げられることのない自由は、幸福を追求する自由の一内容をなすものと解される。とすると、少なくとも、損害賠償という制裁をもってこれを禁ずるというのは、いかにアイドルという職業上の特性を考慮したとしても、いささか行き過ぎな感は否めず、芸能プロダクションが、契約に基づき、所属アイドルが異性と性的な関係を持ったことを理由に、所属アイドルに対して損害賠償を請求することは、上記自由を著しく制約するものといえる。また、異性と性的な関係を持ったか否かは、通常他人に知られることを欲しない私生活上の秘密にあたる。そのため、Xが、Y1に対し、Y1が異性と性的な関係を持ったことを理由に損害賠償を請求できるのは、Y1がXに積極的に損害を生じさせようとの意図を持って殊更これを公にしたなど、Xに対する害意が認められる場合等に限定して解釈すべきものと考える。

3 ポイント
 裁判所は、芸能プロダクションとアイドルとの契約が、専属マネージメント契約と題する契約であったにもかかわらず、実質に着目し、雇用契約類似の契約と認定しています。
 また、裁判所は、いかにアイドルといえども、異性との合意に基づく交際を妨げられることのない自由があることを認定しています。

4 転ばぬ先のチエ
 契約書のタイトルがマネージメント契約、業務委託契約等、労働契約と銘打っていない場合であっても、当事者間に実質的に指揮監督関係がある等、労働関係に類似している場合は、労働契約ないし労働契約類似の契約と認定されます。また、会社側が労働者の行動を制約することに一定の合理的な理由があったとしても、自己決定権や幸福を追求する自由を侵害することはできません。皆様もご自分の契約がどのような内容になっているのか、一度見直してみてはいかがでしょうか。
以 上