ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

弁護士法人Bridge Rootsブリッジルーツ
弁護士 神山 優一

※本記事は亜州ビジネス2017年5月1日第1600号に掲載されたものです。

【第100回】生涯弁護士の徒話「小手先スキルの幻想」


◇ 長年、企業法務をやっておりますと、いつも社長さんや法務担当者さんにお話しする「お決まりの話」というものが自然とできてくるものです。今日もそんな十八番のうちの1つを。

◇ 例えば、先日、クライアントである株式会社矢藤(ヤトウ/仮)さんからこんな相談がありました。「ウチが取り扱ってるゲームソフトを売ってやった湿原商会(シツゲンショウカイ/仮)に代金を請求したら、突如、『ゲームソフトは一時的に預かっただけで、買い取ってなどいない。むしろこちらが保管料を請求する!』なんて言い出しやがりましてね。私のほうで『アホか!売ってもいない商品をお前んとこに渡したりするわけないだろ!』って怒鳴ってやったら、湿原商会の社長が『あ~、はいはい。売買なんですね、売買って言えばいいんでしょ。とにかく今日は帰ってください。』って言ったんで、とりあえず家に帰りました。むふふふ・・・、実はね、私、その時の会話を録音してたんですよ~。湿原商会は社長自身が『売買』って認めたんだから、売買代金を請求すれば勝てますよね?」とのご相談です。

◇ よく「裁判で勝てば問題は何でも解決する」と考えていらっしゃるクライアント様がいらっしゃいますが、例えば、債権回収ひとつをとってみても、裁判(訴訟)で勝訴することは、必ずしもお金の支払いを受けられることに直結するわけではありません。判決で「被告は、原告に対し、金100万円を支払え。」等と認めてもらえた場合でも、国のほうで何から何まで手を焼いて強制的に相手から100万円を取って来てくれるわけではありませんし、判決を無視する相手を“しょっぴいて”くれたりするわけでもありません。上記の勝訴判決は、あくまでも「民事の強制執行」の申立てを行うための必要書類の1つになるだけであって、勝手にお金が入ってくるようなシステムではないのです(もちろん、判決が出ることによって任意にお金を払ってくれるようになる相手も少なくないですが)。

◇ クライアントと証人尋問に備えたミーティングをさせていただいていると、「先生も証人尋問ではババババッといろんな質問を捲し立てて、あれよあれよと有利な証言を引き出しちゃうんでしょ?弁護士ってすごいよね!」みたいなご期待を頂戴することがあります。ですが、実際には、早口で翻弄したり、目くらましをしたりして、こちらに有利な証言を引き出したとしても、裁判官は決してバカではありませんので、「今、相手方代理人の話の流れに振り回されて△○×◇▽◎□・・・っておっしゃったように思うんですが、実際はどうなんですか?」などといった補充の質問が行われて、証人の真意が改めて確認されることになります。

◇ よくニュースで耳にするように、政治家や有名人の世界では、1度の“失言”が大変な結果を招いてしまうこともあるようですが、裁判所では、注意力が散漫であったとか、一時的に混乱してたとか、場合によっては一時の感情に任せてとか、そういった理由でやってしまった“失言”の言葉尻だけを捉えて結論を決めるようなことはありません。したがいまして、例えば、株式会社矢藤さんと湿原商会さんとのやり取りのように、思わず「売買」であることを認めるような発言があったとしても、そして、仮にその録音が裁判所に提出されて相手方も当該発言の存在を認めたとしても、それだけで鬼の首を取ったかのように勝利宣言できるわけではないのです。裁判官は、当該発言がなされたシチュエーションや会話の流れ等はもちろんのこと、当該事案に関する一切の経緯や事実関係、他に存在する様々な証拠や各当事者の弁解等を総合して、(可能な限り)誰からも納得を得られるような妥当な結論を探っていきます。誰から見ても「いや~、それは単なる失言でしょ~。」と思われてしまうような発言だけでは、勝負は決まらないのです。

◇ 当職は、株式会社矢藤さんに助言しました。「お気持ちは分かりますが、湿原商会の社長さんの発言はそれほどの決め手にはならないものと思われます。だからこそ、弁護士は、もっと事案の“本質”を見極めて、骨太な議論を組み立てます。正義衡平の観念に照らして、いかに湿原商会の言い分が不合理であるか、いかに矢藤さんの言い分が正当であるかを、正々堂々と真正面から明らかにするのです。まずはこれまでの経緯や事実関係の詳細をおうかがいし、残っている客観的な証拠や資料等を精査・検証していきましょうか。小手先の揚げ足取りのような紛争対応スキルではすぐに限界が来てしまいますので、地に足のついた法理論と立証構造に基づいて説得的な主張を展開していきましょう!」
じゃ、今日はこれで。