ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

著:秋山理恵(弁護士)

【第97回】「転ばぬ先の労働法」 

※本記事は亜州ビジネス2017年3月17日第1570号に掲載されたものです。

―第15回:決算書等の経理処理上の誤りを発見した際に,手順を一切踏むことなく,突然,従業員のほぼ全員が参加する会議で決算書に誤りがあるとの発言を行った行為が,組織的配慮を欠いた自己アピールであるとして,「労務管理や経理業務を含む総務関係の業務を担当する従業員としての資質を欠く」と判断され,解雇が有効と判断された事案(東京高裁平成28年8月3日判決)―

1 事案
 Xは,Y社(服飾会社)に試用期間1か月として平成27年3月1日より入社した者(社労士資格保有)である。Xは,同年同月25日,Y社内のほぼ全員が参集した全体会議において,突然,Y社の試算表や決算書が間違っている,その修正方法の協議のために経理責任者としてY社への採用が内定していた訴外Bが同月27日に来社することになった旨発言した。そのため,Y社は,どこで何をいい出すか分からない人物とは一緒に仕事をすることができないし,仮に事前に承知していたとすれば,採用するとの判断は絶対にないとして,同月27日に解雇する旨の意思表示をし,同月30日付でXを解雇した。
Xは,本件解雇の有効性を否定し,労働契約上の地位を有することの確認等の訴訟を提起した。

2 裁判所の判断
 裁判所は,以下の理由等から,本件解雇が有効であると判断しました。
  •  Y社がXを雇用したのは,Xが社会保険労務士としての資格を有し,経歴からも複数の企業で総務(労務を含む。)及び経理の業務をこなした経験を有することを考慮し,労務管理や経理業務を含む総務関係の業務を担当させる目的であり,人事,財務,労務関係の秘密や機微に触れる情報についての管理や配慮ができる人材であることが前提とされていた
  •  企業にとって決算書などの重要な経理処理に誤りがあるという事態はその存立にも影響を及ぼしかねない重大事であり,仮に担当者において経理処理上の誤りを発見した場合においても,まず,自己の認識について誤解がないかどうか,専門家を含む経理関係者に確認して慎重な検証を行い,自らの認識に誤りがないと確信した場合には,経営陣を含む限定されたメンバーで対処方針を検討するという手順を踏むことが期待される
  •  Xは,自らの経験のみに基づき,異なる会計処理の許容性についての検討をすることもなく,Y社おける従来の売掛金等の計上に誤りがあると即断し,上記のような手順を一切踏むことなく,全社員の事務連絡等の情報共有の場に過ぎず,また,Bの来訪日程を告げることの関係においても,必要性がないにもかかわらず,突然,決算書に誤りがあるとの発言を行ったものであり,組織的配慮を欠いた自己アピール以外の何物でもない
  •  さらに,Xにおいて自らの上記発言が不相当なものであることについての自覚は乏しい

3 ポイント
 試用期間中の解雇は,試用期間経過時点で留保された解約権を行使したものと解され,留保解約権は「採用決定後の調査や就職後の勤務状況に照らし,使用者において,採用時に認識できなかった事実が判明し,解約権を行使する客観的に合理的な理由が存在し,その行使が社会通念上相当として是認され得る場合に限り」,その行使が許されるとされています。
 その上で,本件でXの行為は,Y社がXに対して期待していた労務管理や経理業務を含む総務関係の業務を担当する従業員としての資質を欠くと判断されてもやむを得ないものであり,かつ,Y社としては,Xを採用するに当たり事前に承知することができない情報であり,仮に事前に承知していたら,採用することはない労働者の資質に関わる情報と判断されました。

4 転ばぬ先のチエ
 担当者が経理処理上の誤りを発見した場合,正義感だけで行動してしまうと,このように資質を欠くと判断されてしまうことがあります。特に経理処理等のセンシティブな情報を取り扱う場合には,十分に確認を取り,慎重な対応をとるようにしましょう。
以 上