ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

著:秋山理恵(弁護士)

【第93回】「転ばぬ先の労働法」 

※本記事は亜州ビジネス2017年1月23日第1532号に掲載されたものです。

―第14回:妊娠を報告したにもかかわらず,業務を軽減しなかった等の行為が,マタニティハラスメントおよびパワーハラスメントである旨主張して,会社に対して慰謝料等を求めた事案(福岡地裁小倉支部平成28年4月19日判決)―

1 事案(本テーマに関係あるところのみ抜粋)
 Xは,介護サービス等を業とするY1社に,有期契約で継続雇用されていた者であり,送迎付きのデイサービスを行うA営業所で,介護職員として時給制で就労していた。

【H25.8.1】  Xが,Y2(A営業所の所長。女性)に妊娠(当時,妊娠4か月)を報告。Y2は,担当業務のうち何ができて何ができないか確認するよう,Xに指示。
【H25.9.13】 業務軽減に向けた面談が行われる(9月面談)。Xは,可能な業務を挙げて業務軽減を求めたが,Y2は,Xが可能とした歩行介助の危険性を指摘するとともに,妊娠以前から,言葉遣いや仕草など,Xの勤務態度に問題があったため,改善を求める旨を述べると同時に,「妊婦として扱うつもりないんですよ」,「万が一何かあっても自分は働きますちゅう覚悟があるのか,最悪ね。だって働くちゅう以上,そのリスクが伴うんやけえ」などの発言をした。Y2は,9月面談の終了時に,できる業務とできない業務について,再度,医師に確認して申告するよう,Xに指示したのみであり,業務内容の変更などの措置を講じなかったため,Xは,体調が悪いときは,負担の大きい業務を他の職員に代わってもらうなど,自主的に対応。
【H25.12.3】 Xが,Y1社のB圏本部長および同Dエリア統括と面談し,再度,業務の軽減を求めた。それ以降,ようやく具体的に業務軽減が図られることになった。
【H26.1】 Xの勤務時間が変更(4時間程度。これまでは1日8~10時間)
【H26.1.20】 X、有給休暇取得
【H26.2.17】 X、出産。同年8月まで,出産および育児休暇を取得。

 Xは,Y2が,妊婦であったXの健康に配慮し良好な職場環境を整備する義務を怠ったと主張し,Y1Y2に対し、連帯して慰謝料5,000,000円の支払いを求めた。

2 裁判所の判断
 裁判所は、以下の理由等から、慰謝料として、Y1Y2は連帯して350,000円を支払うよう命じました。(1) Y2の9月面談における発言は,
  • 「妊婦として扱うつもりないんですよ」→労働者が妊娠を理由として業務の軽減を申し出ることが許されない
  • 「万が一何かあっても自分は働きますちゅう覚悟があるのか,最悪ね。だって働くちゅう以上,そのリスクが伴うんやけえ」→流産をしても構わないという覚悟をもって働くべきと受け止められる発言であり、Xに妊娠による業務軽減等の要望が許されないとの認識を与えかねないもので,相当性を欠き,妊産婦労働者(X)の人格権を害するもの。
(2) Y2は,Xに対する言動に違法なものがあり,これによりXが萎縮していることを勘案すると,指示をしてから1か月を経過してもXから申告がないような場合には,Xに状況を再度確認したり,医師に確認したりして,Xの職場環境を整える義務を負っていた→9月面談から1か月経ってもY2が何らの対応をしていなかったことが,職場環境を整え,妊婦であったXの健康に配慮する義務に違反する。

3 ポイント
 裁判所は、本件において、これまで明確でなかった、妊産婦労働者の人格権,妊産婦労働者に対する健康配慮義務,就業環境整備義務を,それぞれ明確に肯定しており、その意味で大きな意義があると言えます。他方、慰謝料350,000円を高いとみるか安いとみるか、見解の別れるところのように思われます。

4 転ばぬ先のチエ
 なお,平成28年3月の均等法改正で,いわゆるマタハラ防止措置義務が新設されました(均等法11条の2。平成29年1月施行)。厚労省から防止措置の対象となる言動等が公表されていますので、経営者の皆様にはご一読いただきますことが推奨されます。
以 上