ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

著:秋山理恵(弁護士)

【第83回】「転ばぬ先の労働法」 

※本記事は亜州ビジネス2015年11月24日第1250号に掲載されたものです。

―第12回:中国出張中の宴会における過剰な飲酒が原因で死亡した事案につき、労災保険の遺族補償一時金を支給しない旨の処分等が取り消された事例(東京地裁平成26年3月19日判決)―

1 事案(本テーマに関係あるところのみ抜粋)
 X(当時31歳)は、NHKが制作していたドキュメンタリー番組の取材のために実施された出張に帯同し、その出張中に開催された現地の中国人らとの食事会の後の締めの宴会において、午後8時30分頃から午後9時30分頃まで、およそ100cc~150ccくらいの容量のコップに、最低でも半分程度注がれたアルコール度数約56度の白酒(パイジュウ)を、少なくとも10杯程度、「乾杯」(カンペイ)により飲酒した。中国の伝統的な宴会では、アルコール度数35度から60度程度の白酒を、主催者側と客側が、挨拶(口上)を交わしながら一気に飲み干す(これを「乾杯」という)ことが繰り返される。こうした宴会では、注がれた酒を飲まないことは、相手に対して失礼な行為であるとみられる傾向がある。
 その後、泥酔して自力で動くことができなかったXは、宿泊先に運ばれたが、2度ほどトイレで吐いたが、午前2時頃、吐しゃ物を気管に逆流させて窒息死した。
 そのため、Xの両親が、労災を主張し、遺族補償一時金等を請求したところ、国が本件飲酒は私的行為であって業務と関係ないとして、遺族補償一時金等を支給しない旨の処分をした。

2 裁判所の判断
 以下の理由から、Xの飲酒は業務によって発生した事項であるとして、遺族補償一時金等を支給しない旨の処分を取り消した。
  • Xを含む日本人スタッフは、本件宴会を、中国ロケの重要な目的である飛行場の撮影許可を得る窓口である人物ほか○○委員会の要人との親睦を深めることのできるいわば絶好の機会であると認識し、中国人参加者の気分を害さず、また好印象をもってもらうため、勧められるまま、「乾杯」に応じざるを得なかった
  • Xは積極的に私的な遊興行為として飲酒していたと評価すべき事実を見出すことはできず、むしろ宴会における「乾杯」に伴う飲酒は、中国ロケにおける業務の遂行に必要不可欠なものであり、Xも日本人スタッフの一員として、身体機能に支障が生じるおそれがあったにもかかわらず、中国ロケにおける業務の遂行のためにやむを得ず自らの限界を超える量のアルコールを摂取したと認めるのが相当

3 ポイント
 飲酒・酩酊を直接の原因とする負傷・死亡が、業務によって発生したものか否かの判断については、当該行事への参加が使用者により強制されたものであるか否か、積極的な私的行為によるものか否か等から判断されます。
 裁判所は、中国ではビジネスにおいて人脈が強い影響力を持つと考えられており、そのため、飲酒を伴う宴会が官庁や企業における業務を円滑に遂行するために必要なものとしてとらえられる傾向があること、「白酒」がアルコール度数が高く、味やにおいが日本人にとってなじみがなく、飲みにくい酒であったこと等が考慮されています。

4 転ばぬ先のチエ
 日本、中国、韓国等東アジア圏においては、業務のために飲酒することも少なくないように思われます。本件でも、他の日本人スタッフの中には、宴会の途中、複数回トイレで吐いてアルコールを排出する措置を取った人もいたそうです。
 飲酒は本来、親睦を深めるためのもの。悲しい事故が起こらないよう、お互いに節度を持って楽しいお酒にしたいものです。
以 上