ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

著:秋山理恵(弁護士)

【第79回】「転ばぬ先の労働法」 

※本記事は亜州ビジネス2015年9月28日第1212号に掲載されたものです。

―第11回:新幹線運転士が酒気帯び状態で運転業務に就こうとして常務不可とされた場合において、使用者が行った減給処分は懲戒権を濫用したものとはいえないとされた事例(東京高裁平成25年8月7日判決)―

1 事案(本テーマに関係あるところのみ抜粋)
 Xは、東海道新幹線を含む鉄道事業等を営むY社の、新幹線の運転士業務・車掌業務に従事する従業員であった。Xは、出勤し、乗務開始前の点呼の際、助役から酒臭を指摘され、飲酒の有無を尋ねられて、前夜、自宅で飲酒したことを認めた。そのため、アルコール検知器による検査を受けたところ、呼気1Lにつき、0.070~0.071mgであったため、管理者の判断により常務不可とされた。そして、YはXに対し、酒気を帯びて業務に就いたことを理由に、就業規則に基づく懲戒として、1日分平均賃金の2分の1(9409円)の減給処分とした。
 Xは、本件減給処分は懲戒事由がなく、仮に懲戒事由があったとしても懲戒権を濫用しており無効である旨、争った。

2 裁判所の判断
(1)第一審
  •  Xには、酒気を帯びて業務に就いたという懲戒事由を認めることはできる
  •  本件減給処分は、Xが新幹線乗務員という旅客の安全を最優先とすべき職務上の義務を負う立場にあることを最大限考慮したとしても、違反結果の程度、一般情状及び前歴等、Yの過去の処分例、他社の取扱いと比較して、処分が重きに失しており、懲戒権を濫用しており無効
(2)控訴審
  •  Xには、酒気帯び状態で運転業務に就こうとした(点呼前に酒気帯び状態が発覚したために実際は業務には就いていない)という懲戒事由を認めることはできる
  •  酒気帯び状態での勤務の事案における処分量定については、当該従業員の職種、酒気帯び状態の程度、現実に酒気帯び状態で勤務に就いたか否か(非違行為の態様)、その結果、旅客などに危険が生じたり、使用者側に信用失墜等の実害が生じたか否か、反省の有無、過去の処分歴や余罪の有無・内容等の事情を総合して判断すべき
  •  本件は、【当該従業員の職種】:新幹線の運転士であり、酒気帯び状態で業務に就くことは許容されない、【非違行為の程度】:酒気帯びは悪質であり、その程度(呼気1Lにつき、0.070~0.071mg)も軽いものとはいえない、【生じた結果】:現実には運転業務に就いていないため、Yに信用失墜等の実害が生じなかったが、それは管理者により常務不可とされたことによるものであって、Xに有利に評価するのは相当ではない、【一般情状】:Xは酒気帯び状態を否定しているが、前夜の飲酒は認めていること、反省文を提出していることから、情状が悪いものとはいえない、【前歴】:過去に同種の処分歴はないが、ないからといって当然にXに有利に扱うべきものとも言えない、【その他】:減給額も多額ではなく、戒告と比較しても実質的不利益は相対的に小さく、ましてや懲戒解雇と比較すればはるかに軽度の処分である→懲戒権を濫用したものとはいえない

3 ポイント
 第一審は、減給処分が重きに失しており、無効である旨、判示していますが、控訴審では逆に懲戒権を濫用したものとはいえず、無効とはいえない旨判示しています。控訴審では、Xが新幹線の運転士という旅客の生命を預かる業務に就いていること、酒気帯びという非違行為が悪質であり、程度も軽いとはいえない(呼気1Lにつき、0.10mgのアルコールが検出されると、動力車操縦者運転免許取り消しの行政処分が科されることから考えても、今回のXの0.070~0.071mgという値は、決して軽いとはいえない)こと等を重視したものと思われます。
 
4 転ばぬ先のチエ
 24時間、気持ちを張り詰めて生活することは現実的ではなく、勤務時間外の私的な場面で飲酒することは責められるものではありません。しかし、それが翌日の業務に影響するまで飲酒することは、問題のある行為と言わざるを得ません。本件のような事案は、決して他人事ではなく、自らにも降りかかる可能性のあるものです。社会人として、襟を正して過ごしていきたいものです。
以 上