ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

著:秋山理恵(弁護士)

【第51回】「転ばぬ先の労働法」 

※本記事は亜州ビジネス2014年8月25日第946号に掲載されたものです。

―第4回:獣医師に対する能力不足等を理由とする解雇の効力が問題とされた事案ファニメディック事件/東京地裁平成25年7月23日判決)(1)―

1 事案 ※本テーマに関係するところのみ抜粋しています。
 Y社は,動物の診療施設の経営,ペット専用ホテルの経営等を目的とする株式会社であり,A動物病院B本院,同C分院,D動物病院E院及び同F院の4病院を有していました。Xは,5月10日,獣医師としてY社に入社し(なお6か月間は試用期間),入社当初,B本院において勤務していましたが,試用期間中に以下のように勤務不良と思われる事情が散見されたため,Y社は本採用を拒否したところ,Xは解雇理由とされる事実自体が存在せず社会通念上相当性を欠いている等と主張して,Y社に対し,雇用契約上の地位確認を求めて訴訟提起しました。

【勤務不良と思われる事案】
  1.  ある錠剤につき,1錠150円で処方すべきところを1錠200円で請求し,処方料500円については請求を失念
  2.  ノミダニ駆除薬(フロントライン)を処方するにあたり,患畜が10㎏以下であればSサイズを処方すべきであるところ,患畜の体重が6.75㎏であるにもかかわらず,Mサイズを処方
  3.  毎年,ノミダニ予防としてレボリューション(ノミダニ駆除薬)の処方を受けていた猫について,飼主も例年どおりの処方を希望していたにもかかわらず,ダニ予防を重視してフロントラインを処方し,塗布し,併せて内服薬を処方。フロントラインを処方した経緯について即時にカルテに記載していなかったため,飼主の母からクレームが上がった際に,受付対応者が適切に説明できず
  4.  ある注射の単価を誤り,4800円を請求すべきところを800円しか請求せず。
  5.  糸状菌症と診断した患畜に対し,肝障害の副作用があるために猫への処方を避けるべきとされているケトコナゾールを処方
  6.  コンベニア注射の料金計算を誤り,上司から安すぎる旨の指摘を受けた
  7.  Xは,7月23日及び8月5日の2日以外,土曜日又は日曜日に診療に従事しなかった
  8.  Xの診療及び再診件数が同僚の医師に比べ著しく少なかった(5月/X:35件うち再診0件、同僚医師:216件うち再診39件)(6月/X:76件うち再診6件、同僚医師:165件うち再診24件)
  9.  Xは試験の成績が悪かった(AHT試験/椎間板・MR:獣医師6人中最下位,FLUTD・アジソン:獣医師7人中最下位,パルボ・低血糖:獣医師7人中4位)(VET試験/急性下痢・ニキビダニ:10人中8位,慢性腎不全・凝固系:9人中最下位,繁殖生理・出産:10人中3位)
  10.  試用期間中に開催された勉強会(合計11回)のうち,半数近くの5回欠席した


2 裁判所の判断
 裁判所は,以下の理由から,Xに能力不足はなく,本件解雇は,留保解約権の行使としても,客観的に合理的な理由があり,留保解約権の濫用として無効というべきと判断しました。
  • 1. 4. 6. は,不注意の域を出ず,カルテの記載が不十分だった点2. 3. もその後に繰り返されているわけではないから過大に評価すべきではない
  • 5. は,文献によっても「使用しない方が良い」という程度の記載であるから,致命的なミスとはいえない
  • 9. は,Y社の基準に沿わない場合は限定されていることがうかがわれるから,勉強会を受講できなかった回や,原告の回答が医学的に誤りとまではいえない部分については一定の配慮があってしかるべき
→(以上3点より)Xが能力不足とまではいえない
  • 患畜が多い土曜日及び日曜日に勤務していないXが,土曜日又は日曜日も勤務している他の獣医師よりも診療及び再診件数が少ないのは致し方ない面もあるし,再診に訪れるか否かは,担当する患畜の状況や飼主の考え方によるところもあり,半年の間に勤務場所の移動があったことも併せ考えれば,診療及び再診件数を能力の判断基準とするのは酷な面があることも否めない
  • Xが院内勉強会に対して必ずしも熱心ではなかったことはうかがわれるものの,他の勉強方法を一切認めないというのは狭きに失するし,院内勉強会への出席について明確な業務指示を出したとは認めがたい本件において,院内勉強会への出席状況を勤務態度の評価に反映することには抑制的であるべき

3 ポイント
 試用期間中の労働契約は,試用期間中に業務適格性が否定された場合には解約しうる旨の解約権が留保された契約であるとされており,「使用者は,留保した解約権を通常の解雇よりも広い範囲で行使することが可能であるが,他方,その行使は,解約権留保の趣旨・目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し,社会通念上相当として是認されうる場合でなければならない」とされています。
 本件では,Xが獣医師として能力不足であって改善の余地がないとまではいえないこと等上記各理由から,Y社の本採用拒否は,留保解約権の濫用として無効であると判断されました。
 
4 転ばぬ先のチエ
 試用期間中に上記1/1~10までの事情があって本採用しなかったにもかかわらず,裁判所は当該解雇(本採用拒否)を結果的に無効と判断しています。従業員を採用する際は,慎重な判断が求められるところです。
以 上