ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

著:秋山理恵(弁護士)

【第47回】「転ばぬ先の労働法」 

※本記事は亜州ビジネス2014年6月30日第907号に掲載されたものです。

―第3回:退職した労働者が別会社を事業主体として同種の事業を営み,退職前の会社の取引先から継続的に仕事を受注したことは不法行為に当たらないとされた事案(最高裁判所平成22年3月25日判決)―

1 事案
 X社は,産業用ロボットや金属工作機械部分品の製造等を業とする従業員10名程度の株式会社であり,Y1は主に営業を,Y2は主に制作等の現場作業を担当していました。
 Y1らは,平成18年4月ころ,X社を退職して独立する(その際はXと同種の事業(工作機械部品制作等)を営む)ことを計画し,Y1は同年5月31日に,Y2が同年6月1日にX社を退職しました。その後,Y1は同月5日付で別会社(Y3社)の代表取締役に就任しました。
 Y1は,X社勤務時の取引先数社に,退職の挨拶をし,退職後に同種の事業を営むので受注を希望する旨伝えたところ,Y3社はXの取引先数社から継続的に仕事を受注するようになり(以下「本件取引」といいます),その売上高はY3社の売上高の8割~9割を占めるほどでした。
 他方で,X社の本件取引先に対する売上高は,従前は3割程度を占めていましたが,Y1らの退職後,従前の5分の1程度に減少してしまいました。
 そのため,X社は,Yらに対し,約1350万円の支払いを求める損害賠償請求をしました。

2 裁判所の判断
 裁判所は,元従業員等の競業行為が,社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で元雇用者の顧客を奪取したとみられるような場合には,その行為は元雇用者に対する不法行為に当たることを前提に,
  • Y1は,退職の挨拶の際などに本件取引先の一部に対して独立後の受注希望を伝える程度のことはしているものの,本件取引先の営業担当であったことに基づく人的関係等を利用することを超えて,X社の営業秘密に係る情報を用いたり,X社の信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行っていないこと
  • 本件取引先のうち3社との取引は退職から5か月ほど経過後に始まったものであるし,退職直後から取引が始まった取引先については,X社が営業に消極的な面もあったものであり,X社と本件取引先との自由な取引がYらの行為によって阻害されたという事情はないこと
  • Yらにおいて,Y1Y2の退職直後にX社の営業が弱体化した状況を殊更利用したともいい難いこと
  • 退職者は競業行為を行うことについて元の勤務先に開示する義務を当然に負うものではないから,上告人Y1らが本件競業行為を被上告人側に告げなかったからといって,本件競業行為を違法と評価すべき事由ということはできないこと
等の諸事情を総合すれば,本件競業行為は,社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできず,X社に対する不法行為に当たらないと判断しました。

3 ポイント
 従業員が退職した後に,従前の勤務先と競合するような業務を行わないようにしてもらう(競業避止義務といいます)には,退職後の競業避止義務を定めた就業規則や特約等が必要とされています。もっとも,特約等がない場合であっても,退職後の競業の態様等のいかんによっては元従業員が不法行為に基づく損害賠償責任を負うことがあり得ます(本件は特約等がありませんでした)。
 本件では,元従業員等の競業行為が,社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で元雇用者の顧客を奪取したとみられるような場合には,その行為は元雇用者に対する不法行為に当たることを前提に,Yらの行為は社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様ではないと判断されました。
 
4 転ばぬ先のチエ
 元従業員が独立し,元雇用者の取引先を奪った上,その取引先からの受注が売上の大部分を占めているなんて当然に許されないだろうと考えがちですが,すべて許されないわけではなく,社会通念上自由競争の範囲であれば許容されます。
 このような状況を少しでも防ぐために,まずは退職後の競業避止義務を就業規則や特約等に定めておくことが推奨されます。この機会に自社の規定等を今一度ご確認ください。

以 上