ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録
著:大塚陽介(弁護士)

TRADING CARD 原色日本法図鑑
日本法0008 / 法の適用に関する通則法

※本記事は亜州ビジネス2013年10月7日第730号に掲載されたものです。

解説:
国際私法と準拠法  我々は当たり前のように我が国の民法だ、会社法だ、なんだの法律が適用されると思い込んでいる。だが、中国人に物を売ったら?韓国の不動産を買ったら?米国企業と取引したら? 無条件に我が国の法律(=日本法)が適用されるんだろうか。いや、そうとは限らん。こういった外国的な要素が絡む事柄(=渉外的法律関係)には、外国法が適用される可能性がある。一般に、私人間の関係に関する特定の事柄に適用されることになる「ある国の法律」を「準拠法」と呼び、準拠法を決めるための法律を「国際私法」(あるいは「抵触法」)と呼ぶ。難しいけど、重要だから覚えて。で、我が国の国際私法がこの「法の適用に関する通則法」(通則法)なのだ。

あなたの知らない通則法の世界  例えば、「日本人の主婦が千葉県産の落花生を世田谷のスーパーで購入」というドメスティックな事柄を想定してみると、そりゃ、日本法が適用されるっしょ!という感じだが、実は、(語弊はあるものの)通則法によると「準拠法は日本法でっせ」という結論が導き出されるからそうなっているに過ぎない。他方、日頃から外国企業等との取引に携わってる方なんかは、契約書の中に「本契約は日本法に準拠し、日本法に従って解釈されるものとする。/ This Agreement shall be governed by and construed in accordance with the laws of Japan.」なんていう準拠法合意とか準拠法条項(Governing Law)を見たことがあると思う。実は、これについても、単に「契約当事者がお互いに決めたんだから」という理由だけで準拠法が決定されるというわけではなくて、通則法7条が「法律行為の成立及び効力は、当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法による。」と規定している結果として、当事者間で合意された準拠法が当該契約に適用されるに至っているわけで。このように、通則法は水面下の氷山のように我が国の私法体系の下に広く横たわっているのだ。

準拠法決定のプロセス  ある事柄に適用されるべき準拠法は、裁判を行う国の国際私法(我が国であれば通則法)により決定される。賢明な人は「え?じゃあ、韓国で裁判した場合と日本で裁判した場合で、同じ事柄なのに準拠法が異なっちゃうことがあるわけ?」とか思っちゃうだろうが、その通り。各国の国際私法の内容が統一されているわけではないので、こういったワケワカラン事態がやむを得ず発生する。となると、賢明な人は「たまに、どこの国で裁判やるのかをすっ飛ばして『準拠法は何法?』って悩んでいる人を見かけるけど、問題設定自体が間違ってるってこと?」とか思っちゃうだろうが、これもその通り。正確には「裁判を行う国が決まらないとどこの国の国際私法かも決まらないわけで、準拠法の決めようがない」ということになる。なお、「この紛争はどこの国で裁判できるの?」という問題を「国際裁判管轄」というが、通則法とは別の問題なのでまた今度。

法律関係の性質決定  というわけで、我が国で裁判をするなら通則法によって準拠法が決められるわけだが、通則法の条文には「不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、加害行為の結果が発生した地の法による。」(17条本文)とか「相続は、被相続人の本国法による。」(36条)とか書いてあるだけなので、まず、問題となっている事柄が「不法行為によって生ずる債権の成立及び効力」に該当するのか、「相続」に該当するのか、といった課題を解決する必要がある。このプロセスを「法律関係の性質決定(法性決定)」と呼ぶ。性質決定が分かりやすい場合はいいが、複雑な問題の場合には理論的にも実際上も非常に悩ましい課題となる。通則法が難解となる所以なのだが、物事の本質を分析する作業とも言え、専門家からすると魅惑的で美しい法体系に触れることのできる機会だったりする。

準拠法の適用と公序規定  性質決定を経て準拠法が決まってくるわけだが、通則法には「外国法によるべき場合において、その規定の適用が公の秩序又は善良の風俗に反するときは、これを適用しない。」(42条)という公序規定が存在するため、「中国法を適用してみたけど、その結果が我が国の公序良俗に反するようなスゴイことになっちゃいそうだから、やっぱり日本法を適用しとくね」というアクロバティックな判断がなされることがある。やたらめったら発動されるものではないが、日本法によった場合の結果と大きくかけ離れるときには、主張してみる価値がある。

企業法務と通則法  こんな感じで通則法は重要なんだけど、実際の企業法務では、ほとんどの場合に当事者間で準拠法合意をしておくため、さっき説明した通則法7条以外の条文をフル活用する場面は少ない。逆に言えば、少しでも渉外的な要素が絡む取引なら、しっかり準拠法合意をしておかないと、いきなり見知らぬ国の法律が適用されてしまうことがある。この場合、顧問弁護士もお手上げで(基本的に日本の弁護士は日本法しか分からない)、外国の弁護士に相談しなくちゃならなくなったりして、びっくりするような弁護士費用と労力がかかったりする。
 他方で、事故とか違法行為とか生産物責任とかの「不法行為」事案は、契約によって発生するものでないから、そもそも準拠法合意に頼ることができない(相手方との契約がないからね)。また、消費者や労働者との契約については、準拠法合意の有無にかかわらず、消費者や労働者側の国の法律の適用が強制されることがある(消費者契約の特例(11条)、労働契約の特例(12条))。外国に関連する事業を行うなら、特にこれらの点についてどこの国の法律が適用されることになるのかをあらかじめ入念に調べておくことが大事。後悔を先に立たそう。

ハンドリング  なお、「①ある国で裁判を提起 → ②国際裁判管轄の判断(その国で裁判できるか?)→ ③国際私法により準拠法を決定 → ④審理+判決 → ⑤相手方の財産所在国で外国判決の承認執行」という原則的な一連のプロセスを念頭に置いてビジネスを進めておかないと、「外国企業との間でタフな契約交渉を続けて、やっとのことで準拠法を日本法で納得させ、さらに、日本に国際裁判管轄を持ってきたのに、結局、相手方の国で日本の判決は相手にされず、強制執行できなかった」という悲惨な事態に陥ることがある。他国の裁判所の判決は、必ずしも別の国で効力を有するとは限らない。クロスボーダー案件には、準拠法以外にもいろんな落とし穴があるのだ。(この場合、一般的には仲裁合意を用いる対応がクレバーかな。)
 法の適用に関する通則法とは、そういう法律である。

※ 本稿は、あくまでも一般的な法解釈の動向のご説明にとどまるものですので、いかなる意味においても、法的見解を表明し、あるいは法的助言や鑑定等のサービスをご提供するものではありません。