ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録
【第30回】韓国における徴兵制

弁護士法人BridgeRootsブリッジルーツ
李 武哲(弁護士)
執筆協力:金 佑樹(弁護士)

※本記事は亜州ビジネス2013年9月24日第721号に掲載されたものです。

1.はじめに
 自民党への政権交代後、安倍政権が憲法改正について言及したことで、再び憲法改正についての議論が盛り上がっています。一時期に比べれば議論は落ち着いていますが、自民党の憲法改正草案の中では、集団的自衛権や自衛隊を「国防軍」とする等の規定が公表されています。
 今回は、日本の憲法改正を考える上での参考として、お隣の国韓国の徴兵制を取り上げてみたいと思います。

2.徴兵制の導入
 韓国で徴兵制がはじめて実施されたのは、日本の植民地下にあった1944年のことです。太平洋戦争で兵力需要が高まるとともに、韓国人に日本国への愛国心を高める狙いもありました。その後、第二次世界大戦が終結したときに徴兵制は一旦廃止されましたが、1949年に韓国政府が兵役法を公布したことで徴兵制が復活することとなりました。しかし、徴兵制の復活に対しては、アメリカが韓国軍の増加は北朝鮮への侵攻につながりかねないとの判断をしたため、すぐに廃止されることとなり、代わりに志願兵制が採用されることとなりました。そのため、1950年に朝鮮戦争が勃発したときには、韓国軍は45パーセントの兵力を喪失した状態であったため、韓国軍は劣勢に立たされざるを得ませんでした。このような状況を打破すべく、1951年に兵役法が改正され徴兵制が復活されることとなり、その後もベトナム戦争や北朝鮮との緊張状態等に対応するため、徴兵制は維持されて、韓国軍は社会の一部として定着していきました。

3.韓国における徴兵制
 大韓民国憲法第39条では、「すベて国民は、法律が定めるところにより、国防の義務を負う。」と規定され、兵役法第3条では、「大韓民国国民の男子は、憲法及びこの法律が定めるところにより兵役義務を誠実に遂行しなければならない。」と規定されています。韓国では、日本における国民の義務、「納税の義務」、「教育の義務」、「勤労の義務」とともに、「国防の義務」が国民の義務とされているのです。そのため、身体の健康な男性の場合、兵役義務を果たさないことは違法となりますが、このほかにも、兵役義務を果たさないことで社会進出に多くの制約を受けることとなります。例えば、国家公務員採用や一般企業の社員採用においても、ほとんどは兵役を終えていることが要求されます。また、兵役未了者は、海外旅行でも短期ビザしか取得できないなど不自由なことが多くあり、海外に留学している場合でも、学業が終わると兵役を果たさなければなりません。このように、韓国の青年にとって、徴兵制度は社会に出るための一種の社会儀礼となっているのです。
 韓国の青年は、満18歳で徴兵検査対象者となり、満19歳までに徴兵検査を受けることになります。検査の結果、判定が1~3級の者は「現役(現役兵)」、4級は「補充役(公益勤務要員)」、5級は「第二国民役(有事時出動)」、6級は兵役免除者、7級は再検査対象者となります。1~4級判定者は、30歳の誕生日を迎える前までに入隊しなくてはなりません。服務期間は、服務形態(陸軍、海軍等)にもよりますが、大体2年程度とされています。2年の服務期間と聞いて長いと感じる方も多いと思いますが、以前は約3年とされていたことを考えると短縮化の傾向にあるといえます。

4.徴兵制の現状
 韓国の青年にとって、徴兵制は韓国国民としての崇高な義務を果たすこととされる一方で、できるならば行きたくないというのが本音のようです。徴兵は国民の義務ですから、たとえ有名歌手やスポーツ選手であっても、兵役義務を逃れられないのが原則です。しかし、最近では外国国籍の取得や疾病の偽装などによって何とかして徴兵を逃れようとする事件も数多く報道されています。国会議員などの権力層では、兵役免除率が一般国民の数十倍も高いとも言われているのです。このような事件の報道は、行きたくないけど仕方がないものと受け止めている若者の徴兵への拒絶感を助長させるものとなっています。また、徴兵は20代の貴重な期間を社会と隔絶された環境で過ごすこととなるため、若者の人生設計にとっても重大な影響を及ぼすものとなります。実際、服務中の2年間の間に変化した社会環境に適応したり、大学に復学することに対して、苦労をする若者も少なくないようです。

5.おわりに
 多くの先進国で徴兵制が放棄され募兵制が導入されているように、韓国においても、募兵制への移行や志願兵制の拡大をするべきとの意見も高まりつつあります。もっとも、北朝鮮という隣国への対応を考えると、国家としては、兵力の規模が小さくならざるを得ない募兵制の導入は容易に決断できないのが現実といえます。日本の憲法改正を考える上でも、全く事情が異なるお隣の国韓国の制度をみてみるのも、大変興味深いところです。
以 上