ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録
著:大塚陽介(弁護士)

【第23回】TRADING CARD 原色日本法図鑑
日本法0006 / 信託法

※本記事は亜州ビジネス2013年6月3日第644号に掲載されたものです。

解 説:
信託っちゃ何ね?  信託とは、「神秘の財宝を貴様に託す。俺の愛するあの娘のために使ってくれ。頼んだぞ~!(吐血とともに絶命)」とキザにセリフをキメることである。その本質は「吐血」と「絶命」にある。すまん、嘘だ。その本質は「愛」と「友情」にある。すまん、これも嘘だ(ちょっと間違ってない気もするけど)。信託の本質は「財産を託すこと」と「使い方の約束」にある。信託法は、そんな信託についてのルールを定めた法律なのだ。

知って得する専門用語  信託には、いろんな専門用語が登場する。まずは必須7項目を暗記せよ。①委託者=さっき吐血して絶命した人。②受託者=貴様。③受益者=あの娘。④受益権=あの娘が貴様に対して「神秘の財宝を私のために使ってね」と要求してその恩恵を得られる権利。⑤信託財産=神秘の財宝。⑥信託行為=キザにセリフをキメること。⑦信託目的=あの娘のため。(我ながらスゴイ説明だ。)
 なお、②受託者(貴様)は誰でもよいのだが、一般的には信託銀行のようなプロであることがほとんどだ。このプロは信託業と呼ばれるわけだが、神秘の財宝をあの娘のために使わずに悪用するヤツが多いので、「信託業法」とか「金融機関の信託業務の兼営等に関する法律」などといった業法により悪いことしないように規制されている。なお、誰が好きこのんでそんなめんどくさいこと引き受けるか!と思ってしまうが、当然、受託者には報酬が支払われることが多い。

倒産隔離機能  信託すると、財産の所有権は委託者から受託者に移転する。神秘の財宝は貴様の所有物となるのだ。他方で、受託者(貴様)が借金まみれになっても、受託者の借金取りは信託財産(神秘の財宝)を持ってっちゃうことができない。信託財産は受託者の他の財産とクッキリ区別される(信託財産の独立性)。形式的には受託者(貴様)の物だが実質的には受益者(あの娘)の物!ってわけ。
 つまりだ、委託者が倒産しようが受託者が倒産しようが、原則として信託財産はそのどちらからも悪影響を受けない。これが信託の最大最強の武器、聖剣「倒産隔離機能」であって、いろんなファイナンススキームに信託が組み込まれる所以である(決してダメな中年男性を家庭から隔離する機能ではない)。

柔軟性  信託のもう一つの武器、聖槍「柔軟性」について語ろう。一般に、契約とは「ガッチリ決められたことを、そのとおりにやればよい」というコンセプトを持つものだが、信託はそうではない。「信じて託すこと」が本質であり、勇者ジュタクシャは、イタクシャ王から細かいことを言われなくても、あらゆる手段を講じてベストを尽くす義務を負う。もちろん、イタクシャ王は「最初に渡した120Gについては棍棒と布の服の購入に使い、城を出たら真っ直ぐ隣町に・・・(延々と続く)」などとすんごい細かい指示をすることもできるのだが、ざっくり「姫を救出せよ」と命じるだけでもOK。とっても便利。

味わい深い法技術  このように、信託はシンプルな仕組みなのだが、実は玄人好みの奥深い法技術である。その景色は川相のバントに近い。
 例えば、信託法の改正で明確に認められるに至った自己信託なんてのがあり、要するに「委託者が、自分を受託者として、自分に財産を信託する」というのである。「何の意味が?」というのが素直な疑問だが、例えば、ちっぽけな航空会社が投資家から資金援助を受けてジェット機を買って一儲けしようとしたが、信用がなくて投資家の腰が引けている状況。資金援助したのに航空会社が倒産!なんてことになったら投資額が回収できないからだ。でも、航空会社がジェット機を自己信託して、その受益者に投資家を指定すれば、ジェット機は航空会社の他の財産と区別され、航空会社が倒産してもジェット機から得られる利益(乗客から支払われる運賃とか)は投資家に供給され続けることになる。他方、信託行為において「無事に投資家が投資額を回収できたら、受益権は航空会社に渡す」としておけば、航空会社も安心だ。これと似たような感じで様々な「資産の流動化」(=資産の売却や証券化により現金化すること)に信託が使われたりする。
 なお、そんなんだったら債権者に財産を押さえられそうになったら「それ、自己信託してるから!」と言えば何でも逃げられそうだが、これを防ぐべく、信託法は自己信託にかかる信託宣言(信託行為)につき公正証書での作成やら受益者への内容証明による通知やらを義務付けている。

信託法の内容  信託法は、委託者や受託者、受益者等の権利義務関係をはじめ、信託に関するいろんなルールを定めている。変わっているところでは「限定責任信託」なんてのがあって、本来、例えば受託者が何かの事業の信託を受けた場合でその事業に失敗した場合には、信託財産を超えてもともとの受託者の財産にまで債権者の手が及ぶことになるのだが、これを信託財産の範囲まででストップできるという便利な制度だ(但し、登記とか取引相手に限定責任であることを明示しなきゃならんとか、けっこうな規制がある)。それから「受益者の定めのない信託」(目的信託)なんてのもあって、「愛犬のため」とか「世界平和のため」とかを信託目的にできる。これがファイナンススキームで登場したりするのがビックリで、要するに「誰の物でもない孤高の会社」(SPC等)みたいのを作るのに役立つのである。

ハンドリング  このように、信託はそもそも愛に溢れるシンプルな制度だったのだが、倒産隔離機能と柔軟性の便利さ故にファイナンス界の名選手に育った。さらに、限定責任信託なんかも登場し、もはや株式会社や組合なんかと並ぶ事業主体の一選択肢にさえなり得るような、すごい巨人と化した。信託を自在に操れれば、ビジネスの幅が大いに広がることは間違いない。ただ、法技術としての難易度は高く、税務の観点からも特徴的な部分があり、良くも悪くも信託に精通した法務・税務・会計の専門家の検証が不可欠だ。
 なお、金がなくなってきたから倒産隔離機能を利用して財産逃しをやったろ!ってことで信託したりすると、「詐害信託」として取消しやら否認やらをされるので、そこんとこよろしく。
 信託法とは、そういう法律である。

※ 本稿は、あくまでも一般的な法解釈の動向のご説明にとどまるものですので、いかなる意味においても、法的見解を表明し、あるいは法的助言や鑑定等のサービスをご提供するものではありません。